趣味で大正琴を習って18年になりました。  ボランティアで介護施設などに演奏に行ってます。 また、カメラを片手に写真を楽しんだり 年に一度は娘夫婦の住む北海道に遊びに行ったり 気ままな日々を綴っています
 ガス燈
2016年04月18日 (月) | 編集 |
造幣局の 「創業当時のガス燈」 が目に止まり撮影して来ました。

旧正門内にある左右一対のガス燈は
創業当時の建物「金・銀貨幣工場」前に設置されたもので
昔の面影を残す貴重な遺物です。
薩摩藩主島津斉彬がガスの製造実験を行い
別邸の石燈籠にわが国初のガス燈を点燈(安政4年 1857年)したのが始まりで
造幣局では明治4年9月に点燈されました。
通り抜け期間中は、日没後に点燈します。
平成27年(2015年)に国の史跡に指定されました。
      http://www.mint.go.jp/popup/sakura_torinuke_map_sakura_sub09.htmlより


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夜桜を観に来るとガス燈に火が灯っている情景を撮影することが出来ますね (#^.^#)

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出口近くにある ガス燈 
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通り抜けの由来
 造幣局の現在地であるこの一帯は、昔からの景勝の地で、春は桜、秋は月
夏は涼み船等四季折々のにぎわいを見せ、特に春の桜は有名で
対岸を桜の宮と呼ぶにふさわしく、この一帯に桜が咲き乱れていたといわれている。
 造幣局の桜は、明治の初めに藤堂藩の蔵屋敷から移植されたもので
品種が多いばかりでなく、ほかでは見られない珍しい里桜が集められていた。
明治十六年、ときの造幣局長遠藤謹助氏の「局員だけの観桜ではもったいない。
大阪市民の皆さんと共にたのしもうではないか」との発案から
満開時の数日間構内の桜並木を開放することになったが
花見客の混雑緩和のため一方通行としたので
いつしか「通り抜け」と呼ばれるようになった。
以来、大阪人のねばり強い郷土愛に支えられ今に続く花の里である。
 さくらの名所百選の地に選定されたことを機に、この通り抜けの由来を記す。
平成二年 春
造幣局長
赤倉 啓之                    記されていました。

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